イギリス生活・イスラエル生活を経て、カナダ移住へ

山あり谷あり海外移住記

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【必見!】海外移住の軌跡を振り返る<1>

投稿日:2025年3月10日 更新日:

赤毛のアンの島から、こんにちは!

ここカナダも急に春めいて来て、昨日から待ちに待った2025年のサマータイムが始まりました(*^^*)

時計の針を1時間進めて、ここプリンスエドワード島は、日本との時差が-12時間になりました。

アルバータ州エドモントンに住んでいた時は日本との時差は-16時間だったので、こちらの方が時差の計算が楽です(笑)。

さて、前回の記事でお伝えした通り、ようやくプリンスエドワード島での生活が整ってきました。

私たちが海外移住を目指し始めたのが2010年、また実際に海外移住を実現したのがイギリスに渡航した2014年、そこから気付けばもう10年以上が経ちました。

このブログはイギリスの後、イスラエルに住んでいたときに立ち上げたため、既に海外生活を送っている中での話を取り上げることが多く、海外移住までの道のりというものは特に記事にしたことがありませんでした。

・・について、簡単にではありますが、一気に振り返って記事にしてみようと思います!

それではどうぞ!

海外移住を目指すきっかけとは

私が海外について興味を持ったきっかけは、高校時代の親友がドイツからの帰国子女だったからです。

彼女から聞く海外話は私にとって大きなカルチャーショックであり、高校の図書館で、海外生活に関する本を借りて沢山読みました。

今と違って、情報はとにかく書籍からでした。

今はどこの国の情報を得るにしても、様々な人が発信しているブログやYouTube動画などがあり、インターネットで膨大な知識を得ることができます。

本当に恵まれている時代だなぁと思います。

と思っていましたが、英語は苦手だったし、英語を勉強したいわけでもありませんでした。

ただただ外国で生活してみたいだけだったので、留学を考えたことはありませんでした。

そして大学を卒業後、就職して東京の会社で働いていましたが、

と気付き、会社を辞めてワーキングホリデーでニュージーランドに一年間渡航しました。

これが2005年のことなので、実にちょうど20年が経つのですね・・!

そのニュージーランドで、同じく会社を辞めてワーキングホリデーでやって来ていた夫(日本人です)と出逢い、翌年日本に帰国し結婚しました。

私はニュージーランドで生活してみて、自分は日本よりも海外の方が肌に合うなと感じていました。

夫は逆で、今後は日本で生活して行こうと思っていたそうです。

しかし、私が

とうるさいので、

「じゃあ俺が海外に連れて行ってやる!」

と約束してくれました。

・・というか、それが

でした(笑)。

それで問題になったのが、

ということです。

まずは、自分たちが海外移住できる可能性を探るべく、海外移住コンサルタントと契約して、今後のプランを考えることにしました。

続きます。

20年前の夫と私、ワーホリ先のNZにて。ワーホリ時代の写真が出てきたので少しだけですが公開しちゃいます!
ワイナリーのブドウ畑。ワイナリーでの各種作業はシーズナルワークの代表的な仕事です。
南島にある、星空が有名なレイク・テカポ
レイク・テカポの湖畔に佇む『善き羊飼いの教会』
NZ国内最高峰、南島にあるマウント・クック(3,724m)の案内板。この日は頂上に雲がかかっていて残念ながら見ることができず。
丸印のあたりに、マウント・クックの頂上があります。
南半球のクリスマスは、真夏です!(一日の寒暖差が激しいのと紫外線対策で長袖を着ていました)
南島のリゾートタウンとして世界的に有名なクイーンズタウンの街
2005年の大晦日の夜は、クイーンズタウンで。新年の打上げ花火を見に行きました。
南島の最南端、インバーカーギルの街。
スコットランド移民が開拓した歴史ある街、南島のダニーデン
ダニーデンにある、世界一急な坂(World's Steepest Street)
これがその説明版です。私の故郷も、『坂の街』長崎ですが・・
この坂は、マジでレベチでした。下から見上げた図です。。
世界一の坂、上からの図。長崎の坂も、完敗でした・・

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