日本人(特に女性)が年齢をとても気にすることは世界的に有名ですが、ご多分に漏れず、かつては自分もそうでした。
日本で生まれ育てば、いわゆる思春期以降は、女性は若ければ若いほど価値があるかのような風潮に否応なしに巻き込まれてしまいます。
これは個人の力ではどうにも抗いようがありません。
女子高生、女子大生は、ただそれだけで、まるでブランドのように価値を持ちます(最近は女子中学生も?)。
「25歳はお肌の曲がり角」と言われ、日本女性は歳を重ねれば重ねるほど、美容への意識を高めていきます。
いや、「高めるべき」というプレッシャーに常にさらされているという方が正しいかも知れません。
芸能人の人気を見ても、年齢との相関性は疑いようもないでしょう。
最近気付いたのですが、週刊誌で芸能人の名前の後には、必ず()の中に年齢が入っています。
これは新聞やWEB上の記事でも頻繁に見かける記載ですが、そういえば海外の記事でそういう表現はあまりお目にかかりません。
事件や事故など、事実を正確に伝える記事では年齢表記は見かけますが、たとえばセレブのゴシップ記事など、ご丁寧にいちいち本人の年齢まで書いてあるのって、どのくらいあるのでしょうか。
どちらが良いか悪いかは別にして、そういえば私たち日本人は、芸能人や著名人の年齢に関して、驚くほど詳しいと思いませんか(笑)。
大人気の女優さんが「今」何歳か、こうした報道のおかげで私はすぐに答えることができます。
特に自分と同級生の女優さんの変化には敏感です(≧▽≦)
この違いは言語にも認めることができます。
例えば英語のBrother,Sisterの単語において、兄か弟か、姉か妹かの区別はありません。
単に「男のきょうだい」「女のきょうだい」を意味するのみです。
以前、アメリカ人男性に英語の個人レッスンを受けていたとき、このことについて質問したことがありました。
日本だと、「きょうだいっている?」と聞いたら、必ず「兄・姉・弟・妹」の具体的な答えが返ってきます。
でも、英語だと、2種類しかない。
どうやって「兄・姉・弟・妹」を区別するの?と。
先生曰く、「まぁ普通にまずはBrother,Sisterで答える。更に聞かれたらそれがYoungerなのかOlderなのか言うことになる。」とのことでした。
「やっぱりそうなりますよね。でも、面倒じゃないですか?それって。」
「別に。男きょうだいか女きょうだいかが分かれば良いでしょ。歳が上なのか下なのか知りたければ、そう聞けばいいだけだし。でもあんまり気にしないかなぁ。」
「え?Brotherがいるって言われて、お兄さんなのか弟なのか知りたくならないの?」
「う~ん別に。Brotherがいるって言われたら、男兄弟がいるんだ、ふーんそうなんだ。それでおしまい。」
これは衝撃でしたね。
西洋人ってあまり年齢で人を区別しない文化なんだぁなと感じた次第です。
逆に東洋は、年齢で人を見る側面が大きいように思います。
年齢が上の人に敬意を払うということは、私たちは日々の生活の中で当たり前のように教わってきましたよね。
これは敬語の存在でも確認できます。
ニュージーランドにいた時、ブレナムにあるチョコレートファクトリーで働いたのですが、レイチェルという、その当時で30代後半だった陽気なおばさんがいました。
私は彼女が大好きで、よく二人で他愛のない話をしました。
そのレイチェル、私とは10歳以上歳が離れていました。
日本で例えば職場が一緒になったとして、10歳以上も歳の離れた女性に、常識的に言ってもまずタメ口はきけませんよね。
なので私もレイチェルには敬語で話したかったんですが、英語には、丁寧な物言いはあっても、日本語のような厳格な敬語の表現がありません。
なので仕方なく、普通の表現で会話するわけです。
すると不思議なことに気が付きました。
自分の中で、レイチェルが、まるで学校の友達か何かのように感じてきたのです。
それはつまり、同級生のような、何の年齢的な制約も受けない、ただの友達という存在です。
日本で働いていた会社の女性の先輩には、どんなに仲良くても、一つでも歳が違えば、敬語になってしまっていました。
自分の中で年齢の壁を超えることができなかった。
ところがレイチェルには、普通に英語で会話していると、タメ口きいてる感覚になってくるのです。
レイチェル先輩でも、レイチェルおばさんでも、レイチェルさんでもない、ただのレイチェル。
周りを観察しても、そのチョコレートファクトリーには下は17歳から上は50代まで、幅広い年齢層のスタッフがいましたが、お互い普通に「同僚」として接していました。
年齢や、入った時期の違いによる「先輩」「後輩」などの雰囲気は一切なかったです。
敬語がないので、例えボスでもリスペクトしている感じがしなかったですね(心の中は知りません)。
女子が数人集まれば、途端に女子トークが始まります。
17歳のギャルとそれ以上の年齢の子供を持つオバサンが、生理とか体形の話でキャッキャ言って盛り上がってるのです。
完全に女子会です。
私は段々、年齢を気にしているのが、馬鹿らしくなってきました。
そしてクライストチャーチのカフェで働いていたとき、これまたレイチェルという当時20歳の女の子と仲良くなりましたが、「いいな~、ハタチ、いいな~!私なんてもう27。」と自虐的に話したところ、レイチェルは何を言っているのと言わんばかりに「そりゃ私は若いけど、27歳も全然若いよ!」と。
この時の英語の表現は「Pretty young」でした。
直訳すると「かなり若い」となります。
「日本では違うよ!もう年増扱いだよ!」と反論すると「え~そうなの?」と本当に不思議そうな顔をしていました。
私も「27歳がまだまだ若いなんてうそでしょ!」と信じられない思いで帰国しました。
そして日本で生活するうちに若さを崇拝する文化に再び翻弄されまくり(笑)、時は過ぎ、33歳の時。
もう自分では、心はすっかりオバサンです。
職場の上司が女性になりました。
最初に年齢を聞かれ、「もう33になってしまいました。」と答えると、「まぁ、とてもお若いわね~!」と言われました。
女上司は当時40代後半でした。
「いやいやもうオバサンですからほんとに・・。」
本心からそう答え、その女上司に殺意を抱かれたかどうか私には分かりませんが、今自分が40代に突入してみると、本当に、30代って、まだまだ若いんです!
でも、会社の30代の女の子は、やはり「自分はもう若くない。」と嘆いています。
これは、とても勿体ないと思いました。
私もかつては、30代の頃、「自分はオバサン」なんて思って過ごしていたけれど、40代になってみると、30代は本当に若かったなって感じます。
ということは、50代の人たちから見ると40代の今の私だって、十分若いんだと思います。
当然日々歳をとっているわけですが、未来の自分から見ると、常に「今が一番若い」のです。
そしたら、年齢なんてあってないようなものだなぁ、と思います。
大切なのは、今この瞬間。
どんな過ごし方をしても時間が過ぎていくのなら、「今日が一番若い!」という気持ちで日々を生きて行きたいと思いました。
「年齢を超えて行け!」
とても勿体ない気持ちで若い大切な30代を過ごしてしまった私の、最大の反省です。