イギリス生活・イスラエル生活を経て、カナダ移住へ

山あり谷あり海外移住記

■イスラエル生活 ■カナダ生活

イスラエルより無事帰国。そしてカナダへ。

投稿日:2019年1月11日 更新日:

久しぶりの更新になりました。

11月末に夫がイスラエルでの3カ月間の仕事を終えて無事に帰国し、明日、カナダに向けて出発します。

夫がイスラエルにいる間に、イスラエルとパレスチナの対立が激化しミサイルが飛び交っていたようですが、市民生活に影響はなかったそうです。

イスラエルに住んでいる友人にも心配して連絡したのですが、何ら平時と変わらないとのこと。

私がイスラエルに住んでいた時も、治安の良さは実感できましたし、むしろロンドンの方が肌感覚としては治安が悪かったです。

イスラエルは紛争国当事国なので、外から見ると「そんな国に住んで大丈夫なの?」と普通は感じてしまいますよね。

実際、イスラエルに住んでいるときは家族や友人達から散々心配されました。

そしてこうしてイスラエルの国外に出てしまうと、やはり私も心配する側に回りました。

夫に「またパレスチナと衝突が起きてミサイルとか撃ち込まれてるみたいだけど大丈夫?」と聞くと、「あ~何か職場のイスラエル人が、『一応今パレスチナとこういうことになってるから教えとくね』って言って動画とか見せて教えてくれたよ。あとミサイルが飛んできたときの避難方法とか核シェルターの場所も教えられた。」とのことでした。

そうですそうです、イスラエルには、建物に核シェルターを備えることが法律で決まっているらしく、ホテルや病院などの主要な建物には必ず核シェルターがあるそうです。

ただ、私たち家族が住んでいた建物にあったかというと疑問です。

入居するときに一切何の説明も受けませんでしたし、間取を考えても、「どこにあるのそんなの?」という感じ。

まぁ間違いなく、富豪の住む豪華な住宅やマンションにはあると思いますが(*'▽')

イスラエルに渡航する前に、観光ガイドブックを買いました。

治安についての紹介で、「公衆の場で、荷物を置いたまま席を離れるのはやめましょう」とあり、「あぁ、置き引きね。そんなのどこだって当たり前」と思って読み進めたところ、何と「爆発物と疑われて処理されてしまう」との理由に驚愕したのを思い出します。

「治安レベルが日本と異次元なんですけど!」と渡航前にビビりました(笑)。

世間一般のイメージどおり、やはりそんなにヤバイ国なのか・・と。

でも住んでみるとそのイメージは一変しました。

私が思うに、イスラエルは敵が多いので、軍事費や治安維持にとてもお金をかけています。

大きなショッピングモールやホテルなどでは、必ず入り口での荷物チェックがあります。

あれは、自分が怪しいことをしていなくても危険物を持っていなくても緊張しましたね~((+_+))

あのIKEAも例外ではなく、店内で使用した大きなカートは出口のところにある鉄柵によって駐車場に持ち込めないようになっています。

商品を買ったレシートを出口でチェックされ、レシートを失くしたなど、購入を証明できなければ商品を家に持ち帰ることができません。

イスラエルって、基本、人を疑うスタンスなんだな~と思いました。

まぁそうしないと何が起きるか、何をされるか分からないというのは納得できますが。

そういえば空港で使うカートも、有料でした。

イスラエルに入国してすぐ、さすがにイスラエルの小銭をまだ持っていないのにカートが有料で、「有り得ない!!何でよ!!(怒)」と、カウンターパンチ受けた気分でした。

そして街中、観光地でも、銃を抱えた軍人がウロウロしています。

重ねて言いますが、あれは、自分が怪しいことをしていなくても危険物を持っていなくても緊張しましたね~(*´Д`)

休暇中の軍人さんも、確か銃の携帯は必須なのだと聞きました。

ある時、私たちが家族でイスラエルのハイファという都市に長距離バスで遊びに行ったとき、途中の停留所から、休暇で旅行中だか帰省中の色っぽくて可愛い女性の軍人さん(イスラエルは女性も兵役義務があります)が銃を背負って乗り込んで来て、私と娘が座っている席の通路に「ヨッコラショ」とばかりに銃を下ろして座ったんです。

あの時、無造作に置かれた銃の銃口がこちらを向いていたんです!!!

初めて見るリアルな銃・・・。

もちろん、我が町のお巡りさんも携帯してるのですが、腰につけてるあんなサイズじゃなくて、肩から斜め掛けする、あの、長くてデッカイ銃なんです!!

あの時は、「この銃が暴発したら私は死ぬ・・!」と、目的地に着くまで生きた心地がしませんでした。。

結構話が長くなってしまいましたが、結局、何が言いたかったかというと、イスラエルの治安の良さは、「何かあったらすぐに鎮圧される」という威圧感・恐怖感・いや安心感?の上に成り立っていた、ということです。

実際、車を走らせていても、突然道路が封鎖されて通行止めになったりすることが日常茶飯事でした。

道路を封鎖するだけの、怪しからん動きがあったのでしょう。知らんけど。

それくらいの努力をして、あのイスラエルの街中の安全は保たれているのだなと思いました。

だから、夜に一人で街を歩いていても、実際、不安は全くありませんでした。

テルアビブでは、夜中に女性が一人でウロウロしてても全然大丈夫でした。

私が住んでいたロンドンでは、そんなことは考えられかったです。

場所にもよるのかも知れませんが、住宅街であっても、暗くなるとガラッと雰囲気が変わって、本当に怖かったのを覚えています。

18時以降に子供を連れて外を出歩くことは、夏場の明るい時期はともかく、ほとんどしませんでした。

何よりそれは現地の人がそうして暮らしていましたから、私たちもそれに倣っていましたが、実際、夜間は怖くて歩けたものではなかったです。

イスラエルのテルアビブは、行く前にあれだけ心配したのが拍子抜けするほど、治安が良くて、まったりのんびりしてて、気候も良いし食事は美味しいし、子供にとても優しいし、正直に言ってイギリスに住んでいる時よりも楽しかったです。

そんなイスラエルに、私と娘は事情により4カ月間しか滞在できませんでした。

その件はまた別の記事で改めて書きたいと思いますが、とにかく。

当初のイスラエルは2年間の予定でしたが、私と娘が4カ月で帰国することになったため、夫は1年で切り上げて帰ってきました。

その後、会社から頼まれて3カ月間また行きましたが、それも遂に終わりました。

思えば、最初にイスラエルに入ったときから、ちょうど2年が経ちます。

奇遇ですが、元々の2年間の契約を全うしたとして、それがちょうど今のこの時期になるわけです。

そしてこのタイミングで、カナダ移住を迎えました。

イスラエル生活が突然終わることになって私と娘が帰国せざるを得なくなったとき、夫と今後について話し合いました。

「海外に行こうと決めて日本で色々準備をして、イギリスとイスラエルで暮らしてみたけど、実際は楽しいことよりも、大変なことの方が多かったよね。日本がいかに素晴らしい国かも、外に出て分かった部分もたくさんある。どうする?もう海外を目指すのは辞めて、これからは日本で暮らす?」と夫は聞いて来ました。

私は一瞬、それもありだよなぁと、素直に思いました。

私たちの移住は、会社の手厚い保護がある駐在でも、現地人の家族がいる国際結婚でもありません。

全ての手続きは、誰の助けも借りず、自分たちでしなければなりませんでした。

トラブルも、全て自分たちで解決してきました。

それがどれほど過酷で、多大なお金がかかり、慣れない土地と言葉で苦しんだか、孤独を感じたか。

これは、自分たちと同じ境遇で海外移住した人たち(駐在でも国際結婚でもなく現地の会社に就職して海外移住してきた人たち)とはその体験を共有できましたが、なかなか辛いものがありました。

駐在は会社の命令、国際結婚は正当な家庭の事情、しかし私たちの海外移住は、自分たちで望んで決めた、完全な自己責任のものでしたから、日本にいる家族に弱音を吐くこともできませんでした。

本当に、自分たちだけでした。

夫婦喧嘩をしたときも、逃げ場がありませんでした。

イスラエルは出向みたいなものだったので会社のバックアップもありかなり楽でしたが、イギリス時代は、今思い出しても涙が出るくらい、色んな苦労や事件がありました(そのうち記事にしたいと思います)。

またあの思いを、一から、違う国でしたい・・?

私は自分の心に問いました。

でも。

私たち夫婦は(というより夫はあまりこだわりがないので私なんですがw)、なぜだか最初から、「カナダに行きたい、いつかはカナダに行きたい。」と言ってきたのです。

夫はイギリスの会社が決まったとき、カナダの会社からも内定が出ていました。

でも、どうせ最後はカナダに行くのだから、最初は別の国を見てみたいという思いもあってイギリスにしたのです(もちろん働くのは夫なので、夫の意思を第一に尊重しましたが)。

しかし2016年にイギリスのEU離脱が国民投票で決まり、急にビザの状況が厳しくなり、会社からの提案で2017年にイスラエルにある支店に移りました。

ようやく生活も落ち着き、さぁこれからイスラエルを楽しもうという矢先の突然の帰国。

私たちは一体何をやってるんだろう、そもそも海外で何がしたかったんだろう、まだ何も成し遂げていない・・。

現実は、厳しかったです。

「確かにもう疲れちゃったよね。日本が最高に良い国だってことも良く分かったしね。日本に帰ることに全く不安はないよ。むしろ、ここ数年の苦労を考えたら、これから日本で生活するなんて、言っちゃ悪いけど、楽勝だよね。でもさぁ、私たち、行ったこともないくせに、なぜだかカナダカナダって言ってきたじゃない?だったら最後にカナダを見てから決めようよ。やっぱり日本が良いってなったら、その時は本当に帰国して日本で生活しよう。」

私がそう言うと、夫はしばらく黙っていましたが、「そうか。そうだったね。じゃぁ、カナダまで頑張ってみるか。」と答えました。

こうして、私たち夫婦は、最後にカナダに挑戦することにしたのです。

帰国してしばらくは日本の生活が快適で楽しくて、やっぱりもうずっと日本でいいかも・・と思いかけましたが、半年ほど経ったころに、重い腰を上げてカナダへの就職活動を開始したところ、最初の会社でとんとん拍子に話が進み、ビザもスムーズに下りました。

イギリスとイスラエルで散々ビザ取得に苦労した身としては、こんなに国によって手続きが違うものなの?と驚きましたが、これはきっと良いご縁なんだとポジティブに考えることにしました。

良い流れの時って、驚くほどスムーズに物事が運ぶと思いませんか?

きっとカナダに行っても、色々なことがあるのだとは思いますが。

私たちが海外移住を目指した10年前を振り返ると、「時間はかかったけど、ようやくカナダが目の前に来たなぁ。」と、しみじみとしてしまいます。

でも、イギリス、イスラエルと渡って来て、もはや海外移住が夢物語でも憧れでもないことを、海を渡っても、ただ自分たちの現実と日常がそこにあるだけなのだということを、今はしっかり理解している逞しい自分がいて、とても心は落ち着いているのです。

さて、私と娘は春先にカナダに出発します。

日本での残りの日々を大切に暮らしながら、まずは夫のカナダ生活の便りを楽しみに待とうと思います。

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